2011年10月15日土曜日

免震構造と震度

ダンパー

積層ゴム


今年の7月にマンションの管理組合より

防災設備見学会案内の

チラシが入っていたので申し込み見学をした。

  震災直後ということも有ったのか参加者が多く3班に分かれての見学。

やはり一番関心があったのは免震設備。


この免震装置とは地震の揺れを軽減して建物に伝えるというもので

揺れを零に出来るものではないらしく、

設計上ではどの位の軽減になるのか質問したが明確な回答は得られなかった。

その構造は簡単に言えばゴムの上に建物があると言えば理解し易いかもしれない。

そのゴムの構造は、ゴムと鉄板を交互に何層にも重ね鉄板で重量を支え、

ゴムで横揺れを吸収、そんな≪積層ゴム≫

2種類と縦揺れ吸収用?のダンパーと呼ばれる

鉄製のスプリングの3種類で構成されていた。



しかしこんな簡単な物の上に

何百トンもの建物と多くの人命が護られている事に

不思議があり気持ちの良いものではないが、

その効果は凄いものがある。

震度3ぐらいでは揺れていること自体認識しない場合が有り、

私の経験では報道で地震が有った事を知る事が多かった。



 具体的な軽減の回答が遅れているので調べてみると加速度(ガル・gal 単位はcm/sec2)

/~1/5程度まで大幅に軽減可能だそうだ。



震度とgalの関係は「震度6弱」が520830galの範囲、

「震度6強」が8301500galの範囲というように、

同じ震度6と呼ばれるような揺れでも

加速度では3倍近い開きがあると説明があり先に質問した回答が難しい事が判ったが、

9月末に書面回答で計算根拠を添えて耐震設備と比較

「震度7・一階部分」で約60%の軽減だと記してあった。

具体的な数字を見て安心度も上昇した。



 その震度という単位は世界共通ではないようで、

【朝日新聞の特派員メモ(山中季広・・ニューヨーク)98日付けに

「震度は世界ばらばら」として震度は世界共通と思っていたがそうでもないらしい、

マグニチュードと違い大陸&国ごとに制度がばらばら

アメリカにはメルカリ震度というのあるが市民になじみが無い】と載っていた。



日本の震度は、震度計(合計約3900か所、約1市区町村あたり2つほどある)

で測定したものを発表するので正確だそうだ。(以前は体感+被害状況)

因みに、免震構造の建物の見分け方は、地面と建物の間に溝が在るかどうかである。





2011年10月5日水曜日

山小屋に泊る(Ⅳ)ザックのパッキング

吊橋とハイカー



小屋に泊って一番迷惑なのが

消灯時間後の


話し声と夜中のヘッドライトの光、

まともに顔に光があたる事がある。






そして耳障りなのがザックの

パッキングの手直し時の

ビニール袋の「ガサガサ音」、

これは前日の寝る前に明日の用意をしておく事が大事で特に早立ちの方は尚更である。

そのパッキングの方法であるが、

私は長い間間違っていた事がある。

それは重いものをザックのどの部分に置くのかと言う事である。




左右のバランスを考えて詰めるのだが、

上下のバランスとなると難しい。

と言うのは左右のバランスが良ければ歩くのには差ほど影響が無いと思っていたし、

「ザックは背中で担げ」と教えてもらったから

重いものをザックの上のほうに入れていた。



これを歩こう会の仲間に話してところ重い物は

下の方が「重心が下がって歩き易いのでは」との意見が出た、

なるほどと思った経緯がある。


先日古い新聞の切抜きに目を通していたら、

重い物はザックの下にと出ていた。

朝日新聞の土曜版で≪野遊び大全≫ 

富山県立大学の九里徳泰(クノリ トクヤス)教授の記事。

自身ヒマラヤにも登頂され、

チベットの高原3105キロを単独自転車で走破(世界初)

された方でそんな経験からの話である。

それによるとパッキングの要点は三つ。


    収納の順番・・・必要なものほど出しやすい場所に・・・底から順に

寝袋、テント、予備食料衣類、手前には救急用品、水、行動食、着替えタオル

    重さのバランス・・・①を踏まえつつ重いものを下に且つ背中に近く・・・

左右上下に偏っていると不安定な場所での

バランスが取りにくく疲労や事故に繋がる

    いかに早く出し入れできるか・・・②と密接に関連、

行動食と水筒は最も出しやすい場所に・・・いくら足が速くても、

装備や食料出し入れする行動が遅ければ目的地への到着が遅くなる。




上手なパッキングが安全でスマートな登山につながると結んでいる。

こんな事を心掛けての登山、

自分で自分の身を守れと言う事なんでしょう大いに参考になりました。





2011年9月25日日曜日

尼崎閘門(尼ロック)




私の中学時代に尼崎は「泥崎」と称されていた時期が有った、

それは台風以外で大した雨量でも無いのに床下浸水が多く、

海抜0メートルである。




そこで「尼」の字に「さんずい」を付け「泥崎」と揶揄されていた、

関西人のユーモアと皮肉さが混じった命名に感心した

と同時に尼崎に住んでいる事が恥ずかしかった事を覚えている。


防潮堤が出来て浸水は無くなったが私の中ではまだ泥崎のイメージが強い。

45年ぶりに又尼崎市民になり、大部分が今浦島状態に…。
 
尼ロック (第二閘門 外海側)
かつての溝川と化していた

運河の水は透き通り魚が泳ぎ、

遊歩道が出来、春は桜、

冬には鴨、鴛鴦が、

驚いたのはカワセミが居た事、

餌の小魚が沢山居るからだろう。

下水道の普及が

大きな役割だったのだろうが

隔世感がする。


そんな驚きを観にウォーキングを兼ねて市内を探索している、

この閘門は知っていたが少し遠いので行かなかった。


大阪毛馬の閘門は船で通過した事が有り、

閘門といえば上下に閉まるギロチン型と思っていた、

宇治川も上下開閉型だった、

しかしここは半円形のゲートの観音開きで

しかもパナマ運河と同じ様な構造らしい、(閘室内に係留可能の事か)

訪れた日は前後共ゲートが開放されていて、

海上保安庁の巡視艇が第一閘門から入り

港内巡視後に第二閘門から出て行っていたのを見て一方通行?と

思い説明を読むと矢張りそうだった。


また、前後の扉の高さが違っているので不思議に感じていたが

その説明を読んで納得した。


その説明にこう書いている。

 「尼崎港閘門」 この閘門は、防潮堤の一部であると説明し
且つ港内の工場への船の出入りが

ある為海水の流入を防止しながら船舶の通過できる構造。

年間14000隻が利用と説明

 第一閘門・・・入港用 平成14年竣工 最大通過船舶500総トン

          前扉の高さ12.5m  閘室有効長90m  閘室幅17m

 第二閘門・出港用 平成6年竣工 以下、第一閘門と同仕様





また別の説明によると、この尼ロックという名称は県民から募集して決まったらしい。






2011年9月15日木曜日

デジアナ


デジタル変換した画像



フィルム

7月の24日にテレビの

アナログ放送が終了した。

街に数件しかテレビが無く

近所の集会場化していた

当初から一家に一台になり、

カラー化そして一人一台に、

それなりに楽しんで見ていたが突然バルーンを揚げ、

有名タレントを使って宣伝し始めた。


電波が替わるだけだと思っていたがどうも違うらしい、

テレビは勿論の事ビデオ、アンテナまで換える必要があるという。



何の事無い電気屋の回し者である。

電波の有効活用という理由も今ひとつ理解できない。

それはさて置きアナログ終了時間に

NHKにあわせてその瞬間を見ていたが

≪アナログ終了のお知らせ≫

が出ただけだったので民放に回すと

≪砂嵐≫

に成っていた。



夕方家人が「何故かアナログが見られるよ」

と言ったのでアナログにあわすと

以前より鮮明な画面で映っている「んっ?」と

思いよく見ると画面の右上に≪デジアナ≫と表示している。 




契約はしていないがケーブルテレでは

前のアナログテレビでOKという事を聞いていたので

当マンションはケーブルテレビ対応になっているので

これではないかと「デジアナ」という言葉から推察していた、

そしたら翌日ラジオでこの事が話題になっていた。

どうもデジタル電波をアナログに変換して送っている様だ。
 

家人がA波で見られるなら慌てて買い換える事無かったのにとぼやいていた。


私は今、このデジアナではなく

「アナデジ」使って以前撮った

フィルムをスキャナーでパソコンに保存している、

「フィルム=アナログ」 ⇒ 「パソコン=デジタル」と

考えれば「アナデジ」である。しかし、

夫々長短所はあるだろうが上手く付き合っていくしかないのだろう。





2011年9月5日月曜日

膝関節と山登り&血液検査その後

涸沢のテント場
4月の血液検査でCPKの数値が「502」に上昇していたが8月の検査では正常値まで下がっていた。昨年秋に痛めた膝関節がまだ癒えていなかったのでその為だろうとそれ以来歩こう会の参加も自粛していた。9月からの歩こう会の参加10月の涸沢への撮影をにらんで天候の回復を待ち、金剛山に単独で登ってきた。結果はOK。今回の登山には膝以外の試運転もあった。




膝の試運転・・・・血液検査の結果とリハビリに勤めて痛みが和らいで来ていたので金剛山の下りの念仏坂を経験しどの位の痛みが・・・2日を経過張はあるものの痛みなし。
靴の試運転・・・・新調した登山靴、ウォーキングで履き慣らし後初の山行き・・・違和感なし。
ザックの試運転・・・・パッキング方法の変更重いものを下に・・・歩き方等に特に変化なし

しかし、まだ万全ではない正座するとまだ痛みがある・・・慎重に行動しないと、夢の実現が遠くなる、だが10月の涸沢に間に合いました・・・・また今年も・・・来年は念願の3座(3000m級)

2011年8月25日木曜日

空蝉

空蝉
ここ数日の涼しさで蝉の声が少し少なくなっているこの頃ですが、数年前のラジオでアメリカには蝉が居ないので映画、テレビでの蝉の声が雑音にしか聞き取れないという、従って蝉の声はカットすると言っていた。

このことを友人に話したら「では藤沢周平の≪蝉しぐれ≫は放映できないね」言っていた。
この言葉気になっていた、本当にアメリカには蝉が居ないのか調べると州によって違うらしい事とヨーロッパでも地域のよって差があるらしい事が判った。

広い国土を持つ国を一括して物事を考えると間違った判断になる・・・このラジオの話も・・・いずれにしてもアメリカは雑多な人種が存在し地方でも公開をするならカットもやむを得ないかも。


もう一つ蝉の話、蝉は七年間地中に居て地面から出て羽化して一週間の命だと言う、これは日本の蝉。外国(アメリカ?)では十三年・十七年毎にしか繁殖しない蝉が居ると言う。その間地中にいて一斉に地表に出てきて大発生すると言う、そんな年には野外でのライブ等は蝉の声が煩くて中止に成る事もしばしばあるそうで、何故毎年(一繁殖地では・他の繁殖地と合わせると毎年となる)でないのかは定説ではないが氷河期を乗り越えるためではないかと説明していた。

数年前、11月の終わりに公園に写真を撮りに行った折に、樹にしがみついている蝉の抜け殻を見掛けて夏も終わり数ヶ月経っているのにまだしがみついている強かさを感じた。これでないと七年間の地中での生活は出来ないだろう。

ところで、先日久しぶりに油蝉の声を聞いた、まだ関西に油蝉が居るのだ、しかしこの油蝉の声は陰気で好きになれない。ヒグラシの声は秋の気配がし、山の冷気が感じられるので耳と心に抵抗が無い。そんなヒグラシの声が待ちどうしい。

2011年8月15日月曜日

花火


宗教団体の花火
先日、テレビを見ていたら外で大きな音がしたので雷かなと思って外を見ても雨の様ではない、淀川の花火の音らしい、ここからは近隣のマンションが高く邪魔をして見えない。もち論このマンションでも位置を変えれば充分楽しめるようだ、隣の棟から感嘆の声がしている。音の最中に長男が帰宅、駅のコンコースで沢山の人がこの花火を見ていたとの情報、このコンコースは誇線橋であるので邪魔者が無く見通しが良い。
毎年8月1日は宗教団体の花火大会がある。今年も盛大に打ち上げた様だ、様だとは実際に見ていなくてテレビのニュースでしか見ていないからだ。以前住んでいた堺市では自宅のベランダからこの花
               火が良く見えていた。

現在住んでいるマンションからはかなり遠い所だが夜景の向こうに見える猪名川の花火は、昨年見られたのだが今年は中止らしいと聞き調べると実施する様なので楽しみにしている。

花火で思い出した話がある、昔知り合いが長野県諏訪湖の花火大開の写真で大賞になりポスター写真として使用されて毎年招待状が届くと自慢しておられた。私にはそんな良い写真は取れないだろうが…

交通事情

交通事情 先日所用で市内路線バスを利用した。 すこし早めにバス停まで行き時刻を確認してベンチに座った。 ガラ携を操作しながら、○○番の乗り場は? と高齢の男性に尋ねられた。 教えた方向に男性が歩いて行ったが、 間違っていることに気...