2012年12月5日水曜日

山小屋に泊る(Ⅶ) 到着時間





久々の「山小屋に泊る」の更新です。
時間というテーマーでは、「山小屋に泊るⅡ」で小屋到着後の動きの時間だったが
今回は、到着時間の事である。

11月の中旬、この時期になると殆どの山小屋は冬の眠りについている。
そしてテレビでは、山小屋の特集放映がある。
そんな放映が11月11日にあった。
穂高岳山荘の記録で、小屋の経営を親から引き継いだ娘の話だった。
3代目の経営者で、今田恵という人物である。


テレビの画面の3代目

初代は今田重太郎(重太郎新道に名が残る)、
2代目今田英雄(妹・・紀美子平に名が残る・・の急逝で小屋を引き継ぐ)、
2代目の話によると、引き継いでから周辺の整備は毎年やってきたという。
その整備も今年でほぼ終わり、女性でも経営できるように整備してきたらしい、
それで娘に後を託したらしい。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その2代目が宿泊客に対して苦言というより、怒りの言葉を・・・。

≪ここに着くのが午後3時とか4時とかが当たり前なんだよ!!≫

・・・・後に続く言葉が・・・・

≪テント泊の手続きをして直ぐに出てゆけ!!≫

・・・であった。・・・



テレビの画面


これは、午後7時過ぎに到着した登山者に対してである。
登山者としての常識を外した時間の到着。
もっとも登山者にはそれなりの理由があるのだろうが、
しかし、この言葉の持つ意味は重い、登山者の身を案じての苦言であり、
同じ山を愛する仲間として、また同じ屋根の下で寝る家族としての愛だと感じる。
この愛を感じたのか定かではないが、登山者は無言で小屋を後にした。

下界では、夜中でも街明かりで明るいが、
山では月明かりだけ、周囲の状況はまったく把握不可能である、
特に樹林帯では漆黒の闇、頼りは自分のヘッドライトだけ。



そんな経験(山の遭難 ・ 「頭は青年、身体は老人」/白山/2012年6月5日付)
・・・・その時の詳細は、項を改めて・・・・

をした私だから、あえて言いたい「神風登山は止めよう」












2012年11月25日日曜日

錦秋の散歩道




ウォーキングも手袋が欲しくなるような季節。

しかしまだ真冬と違って、歩くうちに暖かくなり気にならなくなる。

そんな晩秋の散歩道の風景を、

虫食い葉から覗いて、切り取りました。


錦秋の散歩道





2012年11月15日木曜日

オシドリ




11月のはじめ、いつものウォーキングコースの庄下川、
今年もまた沢山の水鳥が来ている。


今年も飛来

居付きのカルガモに混じって
マガモに、ヒドリガモ、ユリカモメと。
オシドリは?と探した、
やはり一羽だけだが来ていた。

メスだけではあるが、毎年飛来。
つがいで来てくれればもっと楽しめるが、
                  


むこうにも都合が有るのだろうから、
高望みはしないでおこう。 
でも、せめてシーズン中ずっと居てたのしませてください。





2012年11月5日月曜日

山の日の制定に思う

高野山


/20付け 朝日新聞 朝刊の「記者有論」に
【増える登山者  遭難防ぐ契機に「山の日」】
で各団体の動きと遭難防止の
きっかけにと論じている。

そう云えば、海の日はあるが山の日は無い。



では、「川の日」はと調べると・・・あった・・・7月7日が設定されている。
で、何故山の日なのか、はっきりした理由は記されていないが
2002年の「国際山岳年」がきっかけらしい。
たいへん熱心なのが漁業関係の団体だそうで、記事によると
≪豊かな森の水源からミネラルなど栄養素に満ちた清流が注ぎ上質の漁場をつくる。
「水源の山を守ろう」。植林活動に励む漁業共同組合も存在する。≫・・と。
そういえば、かなり以前に「良い漁場の奥には良い森林が有る」と聴いた記憶がある。

記者は、≪子供から老人まで誰もが楽しめるスポーツ。だが、天気や地形を見誤れば、
死に直結する危険をはらむ、(中略)「山の日」は、遭難防止のきっかけになると思う。≫
と記し、多発する遭難事故を憂いながら「全国的な運動」にと閉じている。
大阪(11月第2土曜日)・和歌山(11月7日)・など現在13府県が山の日を設けているという。

山の日の制定もさることながら、もっと山道の整備に力を入れてもらいたい。
有名な山には山小屋さんが山道、道標の整備をしておられる。
それは、遭難者が出た場合小屋のスタッフもレスキューに出て行く必要があり、
何よりも、登山者が笑顔で小屋に着いて、無事に帰宅してもらいたい。
そんな思いからだと、山小屋のHPで読んだ事がある。  だから山が楽しめる、有り難い事だ。

しかし、それ以外の低山には、道標は有っても
外れていたり、字が読めなかったり、腐って倒れたりしている事が有る。
近年になってから、山道に「A-52」・「B-32」等の道標&杭を見掛ける事が多くなっている。
これは携帯電話の普及で、ハイキング中にトラブルがあって連絡しても、
その場所が判らないと、レスキューに時間が掛かる・・・のケースも・・・。

ハイカーの質も低い、<高い山歩きなら兎も角低い山だから技術も必要ない>
と安易に考えている方がおられる様に見受ける。

危険度は山の高さに関係なく、一緒だと言う事です。
高名な登山家でも、いきなり高い山に登れた訳ではない、
低山で身体を慣らし、鍛え、技術を磨き、色々な準備をしてから
高い山へとステップアップしているのだという事を忘れている様に思う。

勿論そんな登山家になるつもりは無くとも、装備のザックの中には
雨具(傘ではなく)を一組入れて置くだけで、その危険度を随分少なくなると思う。
≪山の日≫がそんな事を考えるきっかけの日になれば・・・。



2012年10月25日木曜日

こんな所で・・・狸・・・


OB会写真愛好会の帰り道、

臨界線を駅に向かって歩いていた。

前方の、曲がり角で

散歩中の犬が盛んに吼えている、



近づいて犬の飼い主の指差す方を見ると

痩せ細った狸が怯えてじっとしていた。

こんな町の中に狸が・・・・とは言うものの、此処は空き地である。

山から迷い出たのか、それにしては幹線道路が何本もある。

それともこの空き地に棲んでいるのかこの空き地はもう直ぐ工事が始まるようだ。

空き地の横には、高速道路(湾岸線)が走っている、

「住宅地に狸」の話はニュースで見かけるが・・・・・。

この狸には家族がいるかな、工事になればどうなるのだろう・・・。


2012年10月15日月曜日

路上ライブ/若者と警察官



先日、ある会合を終わって帰宅するのに

地下鉄を降りて、JRの駅に向かって地下道を

歩いていたら、地上から音楽が聞こえてきた。

路上に出ると、二組の若者がいた。




一組は、ギターの伴奏で・・・もう一組は待っていた。   交互に歌っているようだった。




内容はまったく何の歌なのかまったく判らなかったが、

こんな風にして声が掛かるのを待っているのかも・・・。





通り過ぎて振り返ると、警察官が


彼らの前に立っていた。

しかも無言、彼らはまだ歌っている。

何事かな、見ていると待機組が片付け始めた。

警察官はまだ無言で立っている。


ライブ組も歌を止めて、片付け始めたが、警察官はまだ無言。

・・・警察官と私のやりとりは・・・

何故、前にじっと立っているの?・・・彼らのライブを止めさせる為・・・

なんで?・・・・通行人からの苦情が数件あった。

やはり苦情があるんだ・・・・今日はこれで3回目の注意です

路上ライブは何故悪いの・・・・通行人から金銭を貰っている。

愉しんで聞いている人もいるのに・・・・

であれば、その人達でどこかの会場を借りてそこで聞けばよい・・・

ふ~ん(変な理屈)・・・あのAKBもそうしてあそこまでになった・・・?そうなの?

片付け終わった若者が、警察官に挨拶をした・・・・

するとこの警察官は、お疲れ、気を付けてな・・・と返した。

このやりとりに、同じ年代の警察官の思いやりと本音を見た。

なんだかほっとした気分で電車に乗った。



 

 





2012年10月5日金曜日

菩提寺・末慶寺と大津事件


9月2日の日曜日に義父の13回忌の法要が京都のお寺であった。




京都 末慶寺




このお寺は以前勤めていた会社と因縁話がある。

義母の見送りの折、樒の社名をみて、

ご住職が「これは、どなたの?・・・」と、・・・・。
何故と思いながら、お聞きするとお兄様が京都大学におられ
蛋白の話をよく聞いておられると言う、
なんとこのご住職は京大の○○先生の弟さんだった。

それは兎も角、
この末慶寺の門前に、畠山勇子の墓所との石碑がある事は、以前から知っていたが、
もう1つ興味が薄かったし、畠山勇子なる人物を知らないのでそのままに・・・。
今回法事と言う事で、【京都、末慶寺】で検索すると、歴史的なお寺である事が判った。

 それによると、・・・畠山勇子とは・・・
1891年5月訪日中のロシア皇太子を警衛中の警察官が切り付けたという大津事件で、
日本政府、明治天皇の立場を慮り、自らの死によりロシアに詫びたという。
自死後、京都に身寄りも引き取り手も無い畠山勇子の遺骨を住職が境内に葬ったとある。


畠山勇子の墓
そしてその4年後に、
ラフカディオ・ハーンが畠山勇子の墓にお参りに着て、
遺品等を見ていったと言う。

勇子については、
『東の国から』・『仏の畠の落穂集』に記していると・・・。 

                                                  
本堂の欄間に掛かっている、
末慶寺と書かれた額の文字は「二品親王書」とある。

二品親王とは・・・
名前ではなく親王の地位だそうで、これを書いた個人の特定は出来そうも無い。


いずれにしても、こんな歴史の中に家人の両親が・・・・合唱。




交通事情

交通事情 先日所用で市内路線バスを利用した。 すこし早めにバス停まで行き時刻を確認してベンチに座った。 ガラ携を操作しながら、○○番の乗り場は? と高齢の男性に尋ねられた。 教えた方向に男性が歩いて行ったが、 間違っていることに気...