2013年2月25日月曜日

槍ヶ岳ヘリタクシー事件・・・何故そこまで批判が?




昨年の11月ごろからこのブログに少し異変が起きている。
それはある特定の記述槍ヶ岳Ⅱ/20109
 ・・・槍の天辺でCM撮影を批判した人の話)
にアクセスが急に増えている
今まで殆どアクセスの無かった記述に何故この時期にと思っていた。

先月の終わりに、何気なく 「You Tube」 にアクセスしたら、
槍ヶ岳遭難事件1-2、 2-2、のと云う動画がUPされていた。

「携帯からSOS 山岳遭難に異変あり」(2002年6月NNN放映)
内容は、携帯の普及で簡単に救助要請がなされるというもので、
実際は長いのだろうが、2本で約20分であった。
これがアクセス数の増えた要因だろうか?
9月までは一桁だったのが歴代2位の60件台に・・・
しかし、この遭難とはまったく関係が無いと思うのだが・・・。
槍ヶ岳 夕景

私はこの放映を見ていないので詳しく知らないが、レスキュー物語のようで
特に冬山での救助要請に関し、こんな状態で良いのかという問題提起?かも。
私が反応したのは「1-2」の部分で、雪の八ヶ岳で動けなくなり、
救助要請した男性二人に対してのレスキュー隊員の言葉
「あんたらピッケルももって無いんか、()()()()()()()・・・(中略)・・・
怪我した人や亡くなった人にはいわないが ()()()()()()()()()()()()()()()」・・・・
冬山にそんな装備で入山するとは・・・なるべくしてなった遭難。

「2-2」では「東京同流山岳会(3名)と横浜山岳会(8名)の
メンバー11人の救助要請を携帯で東京の山岳会を経由して
岐阜県警に要請し、無事全員帰還できた」という内容だった。
これが「ヘリタクシー事件」と称する出来事らしい。
この救助要請に関してこんなコメントの投稿が有った。
・・・それを要約しないで全部以下に転載する。

槍ケ岳ヘリタクシー事件・・・山小屋に避難出来て、皆凍傷ひとつなく元気で、
食料もあって、それでもヘリを呼ぶという・・・いったいこれのどこが遭難なのだろうか? 
しかも、地元の警察に連絡するわけでもなく、わざわざ東京の両山岳会に携帯で連絡し、
高額な民間ヘリ飛ばされる長野県警ではなく、無料の岐阜県警にご指名で
救助ヘリをよぶ­という厚顔無恥ぶり。タクシー代わりに公金を使い 下山するという
憤懣やるかたない槍ヶ岳遭難問題。  日本山岳史に残る汚点。

と批判したコンメントが画面でも映し出されていた。(投稿者の編集かも?)
問題はこの救助要請した時点の状況である
その状況とは槍ヶ岳避難小屋には救助要請した同じ時間に、
この11人とは別に4人のパーティーがいた。
しかしこの4人は徒歩で下山した、同じ条件での違いに批判が・・・。



特に()()()()()()()に・・・しかも現地からの携帯では()()()()()()()()()
の有る()()()()に繋がるのを()()()()()()()()()()()()
岐阜県警に要請した所にネット上での批判が集中したらしい。



此処までの状況では、批判も致し方が無いと私も思っていたが
徒歩下山者のインタビューでのコメントで納得した。
曰く 「救助要請をと考えた時点で、もうすでに ()()()()()()しているのでは・・・」
精神的に萎えている状態で、徒歩下山しても無事下山出来たかは不明、
もっと悲惨な状況になっていた可能性すら。
でも、山岳会のメンバー(いわば専門家)が何故保険にはいって無いのだろうか
やはり前述の言葉・・「()()()()()()()()()()()()()()()」・・が頭をよぎる。
しかし、その状況で批判の受けない判断が出来るかと問われれば?である。
と言った意味合いから、彼らのその判断は最良の判断だったのではないだろうか。
とにかく全員無事だったのだから。





2013年2月15日金曜日

気になる親子




この親子に気が付いたのは、昨年春。


何時ものウォーキングコースで・・・
ある平日の昼前に小学4~5年ぐらいの男の子が一人
川面の魚に餌をやっていた、参観日の代休かもと、気にしなかった。
そして翌日も、その翌日も・・・・・・だった。・・・何か訳が有るのだろう。
しかも次の日に親御さん?らしき男性が一緒に魚に餌を・・・。
二人とも無言だった・・・・(様に見えた?)
時には、親子連れで川辺を歩きながら止まっては魚に、水鳥に鳩に
餌のパンを父親から受け取り投げている。
これが休日の事だったら微笑ましい親子連れである・・・。

それから毎日の様にこの二人連れを見かける様になった。
それは夏休みが過ぎて学校が始まっても変わらなかった。
秋が来て、やがて寒い冬、男の子の首にはマフラーが・・・。
この頃になってから、男の子に少し変化が出てきた。
何時もは、父親に寄り添って歩いているだけなのに、前になり後ろになりながら、
父親に纏わりつくように歩き、時には少し走ったり、の様子が見られ好転の兆し?
この親子に何が有ったのは判らない、何かと闘っているようだった。
その闘っている何かは、計り知れないが、途轍もない大きなもののようだ。
辛抱強く強制しないで、じっと寄り添いながらそれを待っている。
と言うより息子と二人で闘っているのだろう・・・。
・・・・しかし父親の心情は・・・・。

頑張れ○○くん、頑張れパパと応援しながら年が変り、
冬休みも終わり学校が始まった。
そして月が替わり2月も半ば、まだ状態は変わっていないらしい。





2013年2月5日火曜日

丸くなったアイゼン


2月の歩こう会の予定は恒例の金剛山である。
アイゼンは必携の装備、取り出してみると爪が丸くなっている。
昨年使ってそのままにしていた、昨年の金剛山では
効きが少なかったのを思い出した。
早速新しいのをと・・・スポーツ店へ・・・結構な値段





ならばヤスリで研ごうと・・・。
工具箱からヤスリを取り出し2日掛で何とか・・・。


研いだアイゼン

これで次の日曜日の金剛山、安心して歩けるだろう。


特に伏見峠からの念仏坂はアイス盤でアイゼン無しでは無理。

昨年もこの坂を下ったが、早めにアイゼンを外し転倒した人がいた。
此処は林道でコンクリート、アイゼンの爪がつかえて
足の前後が浮き、まるで一人シーソー状態で歩きにくい。

下山してからの、反省会と称する【胃袋洗い】で美味しい乾杯をし、
出発した時の身体で帰りたい、そのためにも必携の装備手入れを惜しんでは・・・。









2013年1月30日水曜日

ちょっといい話/朝の挨拶と道路の清掃



先日、確定申告を提出するのにウォーキングを兼ねて出かけた。

学校、公園、市役所と続きその先に税務署がある、
その学校の近くで道路清掃している一団に気付いた。
ご苦労さんと思いながら近づくと
「お早う御座います」と・・・。
予期して無かったので少しビックリしながら
「お早う御座います」と返した。
30人ぐらいの集団で中学生のようだ、女の子の方が多かったが男の子もいる、各学年が混ざっているように見受けられた。
全員が通行人に挨拶している、しかも挨拶する方に向きを変え、止まっての挨拶だ。
この挨拶が、約100m位の間続いた、
こちらはもうええやろうと思うが
生徒たちにすると私と言う通行人には皆始めての挨拶である。
帰りに同じ道を通ったがもう居なかった・・・学校のコートではテニスの練習が始まっていた。
歩きながら・・・昨今のいじめ&体罰問題此処には無いのかも・・・と考えた。



2013年1月25日金曜日

フォト・コンに応募


北極星


フォト・コンとはフォトコンテストの事で、
写真のコンテストである。

初めて、フォト・コンに応募したのは7~8年前、
上高地アマチュアフォトコンテストに
2点応募したが、残念ながら落選した。

星座は廻る




星空の良い作品が撮れたので

この作品を応募したのだが、
入選作品を観て、落選を納得した。
星空の作品が入選していたが、星の数が多く
廻してなく、数の多い分全体が輝いていた。




昨年偶然に入手したパンフレットの応募要領を読むと
私の写真も資格が有りそうなので、
昨年の11月に「駄目元」で2回目の応募をした。

主催は、「一般財団法人自然公園財団」
趣旨は、≪自然の中の生き物たちの命と営みを記録していく≫
テーマは、豊かな自然の中で生きる野生動物たちの姿。
資格は、野生の動物であれば撮影時期の制限は無い、
よそで発表した物でも資格あり。(但し入選&その類似作品は不可)

直ぐの浮かんだのは、カワセミの・・・・・いや、兎も角
応募したのは、この5点。 
結果は、月の半ば過ぎ・・・・・楽しみです。
   



[おみごと]
1998年1月
大泉公園/堺市









[もどり]
1988年2月
大泉公園/堺市













[空蝉]


2006年11月
樟葉東公園/枚方市








[カワウ]
2010年2月
庄下川/尼崎市









[おとっと]
2010年2月
庄下川/尼崎市















2013年1月15日火曜日

70男古希の挑戦 槍ヶ岳 余話 Ⅱ 






・・・ちょっといい話・・・ピッケル



ロッジの廊下で、ザックの横に年季の入ったピッケルを見つけ

使っている人を想像していた。



明神池

翌日、天狗原分岐を超えて坊主岩小屋まであと半分ぐらいの所で
前を見ると、件のピッケルが休憩していた。

年季の入った見事なピッケルですねと声を掛けると、大正時代からの物ですと・・・。
通常より少し長いそうで、ご家族に内緒で持ち出したらしい。
何故、そんな年代物を今時分と訝っていたら、
63歳というこの男性のお母様が85歳でこの春他界されたそうで、
生前もう一度槍ヶ岳に登りたいと・・・・。

話の節々からすると代々使っていたと推測した。
お母様も使っておられたので有ろうそのピッケル。

ザックの中にはご遺骨が入っていると云う、
今回の山行はお母様の夢を叶える為の散骨の登山だそうだ。

私は、親孝行らしき事をした事が無い・・・、頭が下がる思いである。
お気を付けてと分かれたが、槍では合えなかった。

これに似た話は、数年前に涸沢であった。
ヒュッテのテラスで穂高を写していたら、シャッターをと・・・。
カメラを渡され構えるとちょっと待ってください。
胸ポケットから、女性の写真を・・・。  数年前になくなられた奥様だそうで、
一度連れてきたかったのでと、一緒にカメラの前に・・・。
そしてパチリ、そのとき奥様もニッコリ・・・。


・・・宮司さんの時間・・・穂高神社

毎回上高地に来ると、穂高神社の明神池に・・・
人の少ない早朝に撮影しそれから小屋の食事をする事にしている。
宮司さんが居られなかったら、拝観料を受け皿に入れて・・・。
今年の春も、何時もの様に、5時半ごろに・・・。
すると、ロープが張ってあり、拝観は6時からの張り紙。
しかも、チャイムが鳴り、しっかりと監視していた。
今回も同じと思いながら、念の為に入口まで行くと・・・張り紙はあるがロープが無い、
勿論チャイムも鳴らない、受け皿に拝観料を入れて中へ・・・・。
槍から帰ってきて、行くと今度はロープと張り紙。
仕方がないので、付近を散歩して20分前に行くと・・・
宮司さんが、窓口に・・・・、何とも大らかな対応・・・
拝観時間は宮司さんの起床の都合らしい。


・・・写生三昧・・・小梨平のテント

小梨平の不思議なテント


ここ数年小梨平に気になるテントが一張り、一昨年の、春と秋に入山と帰りに見かけた。
前年の秋にも見かけた同じテントである、そして昨年の春も、
同じ所に同じテント、やはり外には絵画が展示?してある。
もちろん油絵であるが、主がいない。 この絵画は売り物(?)にしては点数が少ない。
何時見かけても主がいない、気になる不思議なテント。
昨春、河童橋付近で写生しておられる男性を見かけて、声を掛けた。
奇しくもこのテントの主だった、元は自動車の板金工場を営んでおられたが、
息子さんに運営を任せて、ご自分は好きな絵画に没頭・・・・。
しかも、この上高地に開山から閉山まで、滞在して好きな事をしていると・・・。
謎が解けたが、なんと羨ましい。

そして今回、テントは?と、小梨平を通過時に見ると主が居られた、
≪こんにちは・春にお会いしました≫と声を掛けて通り過ぎた。
下山時に見ると、やはり主は居なかった、どこかで写生されているのだろう。


・・・案ずるより・・・膝

以前から痛めていた膝、今回の挑戦に影響してはと・・・過度のトレーニングは控えていた。
ザックの中に痛み止めの塗り薬を入れ、毎日の歩きの初めと終わり、就寝前に塗りリハビリに努めた。
しかし膝は殆ど痛まなかったが、何時も使わない筋肉は悲鳴を上げていた・・・
特に最終日の、天狗原への下りのハシゴと鎖そして雪渓を含む、

南岳から上高地まで、約12時間45000歩の過去最多を歩いた。
それでも膝は痛くならなかった。  案ずるより・・・・だった。

これからのトレーニングは、もう少し負荷を上げよう。

 

2013年1月5日土曜日

新しい朝



明けまして

おめでとう御座います。

今年も宜しくお願い致します。


新しい朝


この写真は、昨年夏に登った槍ヶ岳の新しい朝です。

今年は、2座目の穂高岳を目指します。




交通事情

交通事情 先日所用で市内路線バスを利用した。 すこし早めにバス停まで行き時刻を確認してベンチに座った。 ガラ携を操作しながら、○○番の乗り場は? と高齢の男性に尋ねられた。 教えた方向に男性が歩いて行ったが、 間違っていることに気...