2015年5月5日火曜日

五月晴れ

2015年05月05日
                            

雲ひとつない青空、 五月晴れである。
いわゆる「ピーカン」
写真では、あまり歓迎されない空であるが
気持ちの良い空では有る。

特にこの季節は、鯉のぼりとの対比が美しい。

親子と鯉のぼり

昨秋から、歩数を以前の半分の
10000歩と決めて
歩いていたが、
天気も良いし、
 脚の状態も少し良くなり
以前の庄下川の周回コースを歩いてみた。


勿論、ポール2本持ってのノルデェック・ウォーキングである。
自宅から半周で、12000歩位の距離で
以前は休憩なしで歩いていたが今回は、
途中で2~3回の休憩を入れた。
やはり、「頭は青年、体は老年」であった。
前に、目を向けると橋の向うに、「鯉のぼり」が気持ち良さそうに泳いでいる、
数が増えている様に感じた。
気持ちの良い汗をかいて、コースを離れた。
やはりと云うか、歩幅が小さくなっているのは解っていたが
帰宅して、歩数計を見たら15000歩を記録いていた。


2015年4月25日土曜日

家紋



「丸に剣花菱」

これが我が家の家紋である。








家紋とは、武家だけが使えるものだと理解していた。
しかし調べてみると、そうでもない様で
元禄時代に庶民階級で大流行したと云う。

以下調べた結果です。
その数およそ2万点という、家紋の成り立ちは
平安時代中期頃、身印(みしるし)と呼ばれ、
高貴な人を象徴する目印として、牛車や持ち物にマークとして用いられたようで、
今日で云うと会社の社章のような物と出ていた。
平安時代、貴族の個人シンボルマークとしてスタートした紋は、
認知度が高まるにつれて家の紋章=家紋として定着していき、
権力を引き継いだ武家達も用いるようになったという。
戦国時代では、敵味方を区別する軍事的な
要素(戦意宣揚の旗印)が強かったのだろう。
シンプルで判別しやすい意匠が好まれ、
「戦勝をイメージするもの」 「めでたい縁起柄」 も好まれたという。
文様の原型は、身近な器物や花鳥風月といった写実的なものから始まり、
室町時代にはよりシンボル化された紋章へと変化。

合戦が日常茶飯事となった戦国時代中期頃、
急速にその種類を増やし全国に普及。
戦場で功績のあった者には褒美として家紋を与えるという風習もできました。

江戸も元禄時代になると、家紋は庶民階級に大流行。
流行のリーダーはいつの時代も芸能人達であったようで、
役者や遊女が競って紋を付けたことから、町衆も好みの紋を選んで身にまとい出した。
純粋なファッション、遊びの文化として家紋が脚光を浴び、
それを専門にデザインする絵師(紋上絵師=もんうわえし)も生まれたと云う。
庶民階級にも苗字・家紋が許されるようになった明治に
家紋を定めた家は大変多いとされています。
という事は我が家も、その頃に・・・・かも。
それともご先祖がかってに・・・。


2015年4月15日水曜日

中央公会堂お前もか/防振ゴム免震不足

              
今問題になっている、防振ゴムの基準が新聞に出ていた。
それによると、最大変形幅が
隣接する建物との距離の100%未満らしい。
有事の場合でも建物同士がぶつかる事がない
距離に設定している事になるのだが、
これって設置時点での基準で有って、
防振ボム自体の基準では無いと思う。
しかしそんな難しい事は別にして、
当方の住んでいるマンションは?と思ったが
兵庫県内の当該建物は無い、と出ていたので一安心はしていた。
先日、掲示板に
「使用防振ゴムはT社製では無くB社製でB社から
問題無し」との回答が有った旨の知らせが有った。
そういえば、以前に免震効果についた質問したことが有り
「震度7で、一階部分で60%程度の軽減」
との解答だった。
その免震不足のゴムが、
毎月のOB会の会合に利用している
大阪市中央公会堂にも使われているらしい。
2002年のリニューアル時に免震装置を
導入したとの報道が有った。




2015年4月5日日曜日

昨日は、皆既月食だったが・・・。


今日は
朝から雨、しばらく雨の予報が続く、
この時期の雨を「菜種梅雨」と云うらしい。
昨日は、
昨年の10月に続き「皆既月食」だった、
その月食は一応カメラに収めた。
一応とは、満足度が少なかったからで
次の機会が半年後に有るのでとその時には
もっと満足度を上げようと準備をしていた。
しかし数日前からの予報は曇り後雨・・・。
半分諦めてはいたが、午前中は雲も少なく
太陽が出ていたので、
カメラの確認の点検から始まり、
電池の充電、三脚の点検と準備OKだった。
しかし、午後から雲が出てきて夕方には
完全に曇りとなり、絶望的。
時間になっても、厚く月の影すらなかった。
これを逃すと、2年後だがこれは部分月食、
皆既となるとさらに1年後だ。
「さて、観れるかな?」





2015年3月25日水曜日

JRの分別収集

                         
ごみの収集で分別収集をしていない行政は無いだろうと思う。
と云うより今や程度の差は有るだろうが、
分別は常識になってきているし、費用の負担も
各家庭に負わせているのが現状だ。
そんな中で、JR新大阪の
自販機の空き缶回収BOXが少し変。

JR新幹線ホーム設置の回収BOX
入口は二つ、収まる所は一つ、
投入口には、「カン」と
「ペットボトル」の二カ所、
収納の袋は一つだと見えたので
中を確認したらやはり一つで、
中には、「カン」と「ペットボトル」が
一緒に入っていた。

なんだかへん!同じような事が南海電鉄にも有った。
駅からごみ箱が消えて久しいが、自販機の空き缶の
散らばりを防ぐ目的なら、
利用者にも一定の負担(この場合負担にならない)
を強いてもおかしくない。
直ぐに満杯になるなら、回収回数の増が作業の
負担になるなら、それぞれ専用の回収BOX設置を考えるべきである。
投入口には「分別収集にご協力、お願いします」
と書かれているので、利用者は迷う。





2015年3月15日日曜日

もうすぐ春/散歩中に


                      
最近、散歩中の公園に小鳥が増えているようだ。
歩道の植え込みにメジロが隠れているのを見掛けるようになった。
この公園は、飲料メーカーの工場跡地である、
と云うより工場内の公園敷地を
そのまま公園にしたらしい。

廻りのマンション建設が終わり、小鳥たちが戻ってきたのか、
工事中より増えてきた。

ヒヨドリ/淀川河川敷
先日は、
ヒヨドリが群れをなしていた、
しかしこの公園に
は森も林も無い。
防災型の公園なので
当たり前、
有事の仮設設備用としての
           機能を持たせている。


ヒバリ/淀川河川敷
という事は、春近し・・・
そういえば、「ウグイス」
「ヒバリ」の「初鳴き」
が有ったとラジオで
報じていた。

「もうすぐ春」なのだ。

2015年3月5日木曜日

もうすぐ春/心境

                         
私が、カラオケで歌う曲の中に
「白い想い出」(作詞:作曲:山崎唯)と云う曲が有る。
この曲は、奥様(久里 千春)の為に作ったと何かで知っていた。
歌詞も、メロディーも忘れていたが、
いい歌なので、ずっと心に引っ掛かっていた。
思い出せなかったが、数年前にウォーキング中に
聴いていたラジオから流れてきた。
そして練習を重ねカラオケで歌うようになった。
この歌詞の中で、私が気に入っているのは、


                  

この歌詞。 

「灰色の雲が 
私に教えてくれた
明るい陽ざしが 
すぐそこに来ていると
すぐそこに来ていると」


現在の私の心境と同じ・・・。




接骨院に掛かって一カ月が過ぎ、
ゆっくりでは有るが歩くのに、
あまり苦痛を感じ
無くなっていている。


まさに、回復に明るい陽射しが…。
歌詞は・・・・。
「雪が降ってきた ほんの少しだけど
私の胸の中に 積りそうな雪だった
幸せをなくした 暗い心の中に
冷たくさびしい 白い手がしのびよる

雪が溶けてきた ほんの少しだけど
私の胸の中に 残りそうな雪だった
灰色の雲が 私に教えてくれた
明るい陽ざしが すぐそこに来ていると


灰色の雲が 私に教えてくれた
明るい陽ざしが すぐそこに来ていると
すぐそこに来ていると








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