2011年4月25日月曜日

膝関節と山登り&血液検査

冬の金剛山


右足の膝関節を痛めてもう久しい、

引き金は6年前槍ヶ岳登山で穂先への

アタック中に痛みが走った、

着けていたサポーターを

外し手で揉み痛みが治まり頂上へ。

単なる血行障害と思っていたが

帰阪してウォーキング中にも痛みがあり、

膝関節に良いと言われる筋トレで痛みは完全ではないが

和らぎ少しほっとして、

一昨年の秋からサプリメントを9ヶ月間

服用して少し楽になりウォーキング中の痛みは殆ど無くなっていた。

ところが昨年秋涸沢からの下山中にやはり

右膝関節の裏側を痛めそれをかばった為に

足裏に豆が・・最悪の状態で帰阪し早速別の筋トレを始めた、

完全にもぐら叩きの状態である。

参加している歩こう会で2月に金剛山、

4月に竜門山と参加したが何れも下りでの膝関節が悲鳴を上げていた、

勿論膝にはサポーターとテープを装着しての結果である。

竜門山のときは下山後予定外の温泉で癒したので楽だったが、

竜門山から4日後の定期の血液検査で

CPKに異常値(正常値60~290)が

通常の最高値140のところが502と4倍近くに上昇していた。

医者は最近激しい運動は?と聞いたので

登山のことと関節炎のことを話すと多分それだろうと、

当初医者は薬の副作用を心配した様だが、

この項目の持つ意味は大きなものがある、

それは心筋梗塞が疑われると解説している。 

心臓をはじめ骨格筋、平滑筋など筋肉のなかにある酵素で、

細胞に異常があると血液中に流れ出す為高い数値を示すらしい。 

CPKは運動によって数値が上がりやすくジョギング程度の軽い運動でも、

その値は高くなるようで、

しかもその高値の状態はその日だけじゃなく、数日間続いてしまいます。


兎も角私の場合は一過性と考えてはいるが、

まだ痛みが残っておりなかなか収まらない状況で

高い数値が出た事は少なからずショックである。


しかし、70歳での3000m級の山を3座以上を

目指す夢を諦める訳には行かないので、

自然体で≪がんばらずに、がんばろう≫と思う。


今後山との付き合い方を見直さなければ、

と言っても止めるのではなくその方法次第では

今まで以上に楽しめると思う。

この歩こう会も元々単独行だったのが

ひょんな事から入会して5年間皆さんと楽しく歩かさせてもらっていたが、

元の単独行に戻しても・・・・と考えている。





2011年4月15日金曜日

山小屋に泊る(Ⅲ)電気 水 トイレ

槍ヶ岳への道 槍沢



山小屋では当たり前の話であるが

電気、水道が無い、

ではどうしているのか、

電気は発電機、

水は雨水か湧き水を使っている。

発電機は夜間停止してために

夜間は真っ暗の所が多いと認識していたが、

最近は安全灯だけが点いている様で夜中所用で起きても安全である、

しかしヘッドランプは夜間絶対忘れてはならない物の一つ。

以前立山の室堂で泊ったが

ここは11時を過ぎても煌々と点いていた?と思ってよく考えると

すぐ近くに黒部発電所がある。

 自販機の設置している小屋は真夜中でもバッテリーで最低限の電力を確保してるのかも。

十年位前に奥穂高岳登山時通過した

穂高岳山荘横に大きな羽根の風車があったので

風力発電?と思いながら休憩した記憶があった。

それからしばらくして新聞報道で最近の山小屋事情として

北アルプスのでは岐阜県側からの風を利用して

風力発電を取り入れていると出ていたが最近では

太陽光発電も取り入れている小屋もあるのではないだろうか。



次に水、

前述した様に雨水か湧き水を使っている。

勿論宿泊者には無料で供しているが、

通過時の休憩者等には有料(100円≦/ℓ)の小屋が多い。

蛇口には節水の呼びかけが有り、

コップ一杯で歯も磨けて顔も洗える技術が

山屋には有るらしいが私はそれを持っていない。

幸に私の泊る涸沢の小屋は水が豊富で節水の呼びかけはない、

それどころかトイレは水洗。


最後はトイレ、

水洗と言ってもレバーを押して「ジャー」では

なく下に水が「チョロチョロ」流れているだけである。

しかしこの水を沢に流すことは無くタンクに貯めヘリで

下に下ろし処理をしているので莫大な費用がかかる、

そのために利用者に100円の協力金の

お願いの箱が入り口に置かれている。

便器の前には使用後の紙は前の籠に入れるようにと書かれている、

これは焼却してヘリで下す重量を減らすためだろう。

水洗でなくとも同じような事だろうと推測する。
 
したがって私は何時も100円玉を多く持って行く様にしている。

最近では、小屋に処理設備があるところも出てきている、

槍沢ロッジに泊った時に壁に説明書が張ってあった、

水処理を担当していた経験から春になり再運転は大変だろうなと感じた記憶がある。

小屋に着けばトイレがあるが、行動時は藪で用を足す、

いわゆる男性の「雉撃ち」と女性の「お花摘み」である、

これはその格好が似ていることから山屋の隠語として使われている。






2011年4月5日火曜日

桜の名所 背割公園

背割公園の桜並木
今年も桜の季節が来た。

昨年秋に行った長野の

柿其渓谷の入り口にある

民宿の見事な桜を

撮影に行く予定に

なっていたが

今回の震災で取り止めた、

というより原発問題も先が

見えない状況での

モヤモヤ感では

せっかくの良い被写体なのに良い写しが

出来ないと感じたので来年に延期することにした。



そこで、近隣の桜名所で三川合流地点のある背割公園の事を紹介したいと思う。

宇治川、木津川、桂川の三つの川が合流して

淀川となる地点に背割公園がある。

桜の名所として開花の時期になると多くの人が楽しみに訪れる場所である。

石清水八幡宮に程近い、京阪・八幡市駅から徒歩約10分、

木津川に架かる御幸橋(ごこうばし)をわたって直ぐの左にある。

公園というより川の土手巾約15m

・全長役約1.5kmの両側に250本のソメイソシノの

満開の眺めは見事という他は無い、土手は桜のトンネル、

河川敷に降りると花の帯、野鳥もたくさん蜜を吸いに。 

殆どの桜が直径1m以上あり圧巻される。
 
ここにはもう一つある、

堤防がサイクルロードになっている。

桂川の渡月橋から木津川の木津大橋まで(約40km?)

私のウォーキングコースの一つである。

桜の季節には大勢の人がシートを

敷いて楽しんでいる脇をカメラ担いで

盛んにシャッターを切っている人が沢山おられる。

 駐車場、売店もあるので車でも可能です。





2011年3月22日火曜日

たかが野球されど野球

トラッキーのパホーマンス阪神甲子園球場にて
今月25日にプロ野球が

開幕するはずだったが

今回の大震災で延期となり

がっかりと同時にほっとしている。

選抜高校野球も延期かと思ったが

予定通りに開催されるようだ。

これの是非は兎も角なぜ

セリーグとパリーグの対応が違うのだろうか、

コミッショナーのコメントによると

≪私はコメントする立場に無い≫では誰がその立場の人か

彼の頭の中にはジャイアンツ特に読売の渡辺氏の顔が有ったのではないだろうか、

この人は自分の考えが絶対だと思っているようだ。

この騒動に対する読売の対応は、

≪戦後直ぐにプロ野球を再開して復興に役立った≫

・・・終戦後の状況と今の状況では大きな違いがある、

≪経済活動を脅かす権利は無い≫

・・・では今回テレビにCMが消えたのは何故なんでしょうか?。

何様のつもりなのかここでも「私はあなた方と違うんです」

の言葉が思い出される。 
   
それにしてもセリーグの各球団のジャイアンツに迎合する様な態度は解せない、

と同時にコミッショナーという役職は何なのかと疑問に思う、

いっそうこの職に萩本欣一氏にお願いした方が

今後の運営が円滑に成るのではないかと考える。

しかし時期がずれても実施して復興の気力の一助になってほしい。






2011年3月15日火曜日

岩魚の塩焼き


嘉門次小屋の岩魚の塩焼き
嘉門次小屋の

岩魚の塩焼きは有名で

以前は、

昼間では何時でも食べられたが、

宿泊時は予約が必要だった

最近は標準で付いている。

頭から骨までがぶりとかぶれる、

ビールと一緒に食べれば最高。

最初に出会ってから

十数年が経つ、

涸沢からの帰りに

宿泊して食べたのが最初である、

その後上高地で何度か他の小屋等で食べたが嘉門次小屋の味には適わなかった。

 それ以来この岩魚を楽しみに上高地での定宿としている。


国立公園の物は捕獲禁止のため、

他で養殖して物を生きたまま運んできて

一週間ほどこの梓川の水で養殖してから捌くらしい。 

なぜ骨まで食べれるのかはその焼き方にあるらしい、

ここの名物の囲炉裏の火で30~40分かけてゆっくり焼きあげる、

勿論囲炉裏は水楢の薪を燃料にしている、

この薪の火から出る遠赤外線が魚の骨まで柔らかくするらしい。
 
岩魚の塩焼き単品で注文すれば

900円と少々高いがその価値はある、

宿泊すると宿泊料の7350円の

中に含まれており夕食のテーブルに出てくるくる。

因みに嘉門次小屋は

上高地明神池の入り口で上高地で一番古い山小屋として営業している。





2011年3月5日土曜日

山小屋に泊る(Ⅱ) 食事&時間


夕食


山小屋に初めて宿泊した時に

驚いたことがある、食事と時間。
 
街中での時間帯とはまるで違い

何事でも早い。

食事の時間帯、消灯時間。

宿泊者の都合に合しての時間ではなく
小屋の準備に合わした時間帯で動く、

あくる日の早立ちの人に

合わした時間なのだそうだ。
 
まず夕食は17時から約一時間位で全員が終わる様に言われ

内容は魚、肉、野菜なんでもあるが選べない全員が同じメニュー

注文すれば生ビール、ワイン、日本酒(現金と引換え)まで出てくる。

ご飯と味噌汁はお変りOK、これは有り難い。

汗をかいて水分とミネラルがなくなった体への補給には味噌汁はもってこいである。

特に生ビールは疲れた体に染み込んで下界で飲むより数倍美味しい。 

ちなみに写真の夕食は、

魚のフライ、鶏のから揚げ、野菜の和え物、キャベツ、トマト、シューマイ。 

勿論日替わりメニューなので連泊してでも毎日同じでは無い、

こんなに種類が多いのはヘリコプターで運ぶ様になってからだそうだ、

歩荷(ぽっか)とか強力(ごうりき)だけの時代ではカレーが定番だったと聞いている。 

もっと以前では登山者が米を持って行き物々交換状態だったと聞いた事がある。


朝食

朝食は5時からで

夕食と同じくご飯と味噌汁の御代わりOK、

小屋の人が朝食の

準備が出来たと各部屋に回ってくる。

 食べ終わると水筒にお茶を入れて

部屋に戻り出発の準備。

早い人はまだ暗いうちに

出発されるので朝食は

小屋では食べずに弁当にして貰って

昼食と2食分をザックに入れる。



次に消灯時間、20時30分~21時の間

今日の疲れと明日の行動を考えると妥当な時間かも知れない。

小屋に着いてから夕食までの時間をどう過ごすのか、

まず部屋に入り寝床の確保が終われば

外のテラスでカメラを片手に景色の観賞、

勿論ビールにおでん付きで至福の時間、

ここを通過点として休憩しておられるか方々も。

乾燥室があれば濡れた物を名札をつけて吊るす、

同じメーカーのが多いので名札と吊るした位置は大切。

肌着はどうするのか、着替える人もおられるが山では「着乾し」が当たり前である。




では、夕食が終わって消灯までの数時間をどうすごすのか、


勿論遊びに行く所は無し、

談話室(けっこう図書も置いている)か

部屋で隣り合わせた同好の他人との情報交換、

登山道状況、登山技術、道具の話、今日、明日の行動、

今までの登山暦、難しかった山、易しかったお山、

感動した山、撮影ポイント等であり殆どが山の話。

そして全員が一番気になるのは明日の天気、

これによって明日の行動を決める人が多く、

縦走しておられる方は明後日も気になる。

したがって天気予報しか写っていないテレビの前に陣取ることになる。
 
そして消灯時間の前に布団の中に入るが

もう鼾をかいている方もいるので音を立てない様に気を使いながら。






2011年2月25日金曜日

雀と人と


神崎川にて
雀の数が減少していると

いう報道があった。

まさかと思い調べてみると

5~6年前に環境庁から

報告されている様である。

我々の小さい頃に雀のお宿ともいうべき

ねぐらの樹が有り夕方になると

沢山の雀が止まり賑やかに囀りうるさかった

事を記憶している、

今はそういった光景を見ることが少なくなっている様に思う。

周りの都会化が進んでいるからかもそれないが、

 しかし散歩していても数は減っている様には感じられないし、

群れの中の数は少ないが小集団化しているとしか思っていなかった。
 
そんな思いで散歩しているとついつい目とレンズもスズメに向いている。

久々に雀のアップが撮れたのでこの散歩道に載せようと考えていたが

文章が纏まらず1ヶ月以上放置していたところ、

1/16の天声人語にその答えらしきものが載っていた。

 親鳥の雛に対する天敵によって隠れ方を指示する愛情に比べて

人間の親は・・という趣旨で述べられていたが雀の数という観点で、

以下その文を引用する。
 
 【前略】 【▼そのスズメに一人っ子が増えているという。

こちらは岩手医科大などの研究だ。

去年の繁殖期、全国の愛好家に雛の数を調べてもらうと

、商業地で平均1.4羽、住宅地が1.8羽、農村部でも2羽だった。

4~5羽も珍しくない鳥だから少子化である

▼都会ほど瓦ぶきの家が減り、

広い巣を作れる場所が減ったせいらしい。

国内のスズメは20年で半減したともいわれる。

この鳥の親も懸命に鳴き分けて、1羽2羽を守っているに違いない。】 



野鳥の世界でも少子化が進んでいるようだ。

 しかし先日の散歩のときに久しぶりに30~40羽の大集団の雀を見た、

何かほっとしてしばらく見とれていた。

天声人語氏は最後にこう述べられている 

【小さきものたちの大きな愛を知るにつけ、

保護者の顔をしたカラスやヘビに育てられる子を思う。

しつけに名を借りた虐待を前に、

被害児は泣き分けるすべを知らない。

せめて隣家から漏れ来る「子苦子苦(シクシク)」の声を聞き分けたい。】


しかし隣人との距離をどの様にすれば良いのか判らない人が多すぎる様に思う、

私もその一人かもしれない、

マンション住まいの身としては特にそういう感じがしている。 

自分の部屋の表札は勿論郵便受けにも名前が無い、

郵便物は部屋番号だけで届く、

したがって隣の人の名前すら判らない。 

その距離を縮めるのは挨拶と思い心掛けてはいるが、

挨拶しても返ってこない事がしばしばで

それ以上は拒否されている様でもう一歩が踏み出せない。

 勿論無駄なトラブルを警戒してのことだが。

小さな親切大きな迷惑にならない様に距離を保つのは難しい。

先日こんな新聞の投稿を見つけた

≪いつも同じような時刻に泣く娘の声で虐待を疑った

隣人からの通報で警察が・・・

最初は腹が立ったが冷静になって考えてみると、

自分一人で育てているのではなく

隣人にも子供を見守って頂いている事が有り難くなって来た≫

と・・・このお母さんのような心境の親が増えることを願う。





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